宮崎市民プラザ

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「宮蔵展」作品ピックアップ   ‐「酒津風景」‐ 児島虎次郎 

2014年11月14日

現在市民プラザ4階ギャラリーにて大好評開催中の「宮蔵展」より、注目の作品をピックアップします!
貴重な作品が一度に目に出来る絶好の機会です!ぜひご来館ください!

「酒津風景」 児島 虎次郎
大正4年35歳、12月6日(月)夕方通室の窓から東の風景を写生したものと思われる。

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【児島 虎次郎】

岡山県川上郡下原村(現在の高梁市成羽町下原)に児島弥吉 雪の次男として生まれる。

明治34年(1901年)絵画を学ぶため上京。

明治35年(1902年)東京美術学校(現在の東京芸術大学)西洋画科選科に入学。倉敷の実業家大原家の奨学生となる。
大原家当主となる1歳年上の大原孫三郎とは生涯親交を持ち、紹介で石井十次とも知り合っている。
東京美術学校研究科在学中に、2点の作品を東京府勧業博覧会の美術展に出品、そのうちの1点「里の水車」は入選。
もう1点の岡山孤児院を描いた「なさけの庭」は1等賞を受け、明治天皇の皇后陛下がお気に召されて、宮内庁の買い上げとなり、一躍世に名を広めた。
この作品は今も、宮内庁三の丸尚蔵館に収められている。

明治37年(1904年)異例の早さで卒業。

明治41年(1908年)ヨーロッパに留学。

明治42年(1909年)ベルギーのゲント美術アカデミーに入学。

明治45年(1912年)には同校を首席で卒業し、大正元年となった同年11月に帰国。

大正2年(1913年)石井十次の長女・友子と結婚。孫三郎の依頼を受け絵画買い付けのため数度ヨーロッパに渡りモネ、ゴーギャン、ロダンなどの作品を購入。この収集品が後の大原美術館建設の礎となる。

大正13年(1924年)明治神宮奉賛会より明治天皇を讃える壁画の作成を依頼された。しかし病に倒れ、この作品を完成することなく昭和4年(1929年)死去。享年47。

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